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高知の旅と歴史
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武市半平太 旧宅と墓
たけちはんぺいたきゅうたくとはか
高知県高知市仁井田吹井3021


 武市半平太は武市瑞山ともいい土佐勤皇党の盟主として仰がれた人物です。
 薩摩や長州、水戸の尊皇攘夷派の志士と交流を深め、文久元年(1861)に土佐勤王党を結成し活躍しました。
 武市半平太の旧宅と墓は竹林寺から禅師峰寺に向かう遍路道の近くにあります。旧宅も墓も国史跡に指定されています。
 土佐藩の一藩勤王を説きましたが、吉田東洋に書生論として退けられました。文久2年(1862)東洋を暗殺して土佐藩を勤王化することに成功しました。 
 公武合体派の第15代藩主山内容堂により投獄され、慶応元年(1865)、切腹を命ぜられ、潔く他界したということです。享年37歳の若さでした。


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